静かな絶望と苦しみの果てに

機能不全家庭に育つ。子供の頃は怯え、大人になった今は虚無感・空虚感・ 世間とのズレに苦しむ、そんな日々を綴る。

家にいること自体の恐怖と、家を出た後の生きづらさ

絶対的父権主義、圧倒的恐怖が渦巻く私の家では兄弟3人が常に怯えて暮らすことを強いられていた。

宿題をやっていない、礼儀がなっていない、母親に反抗した…、確かに原因は子供の私にあったのかも知れない。しかしそれに対する罰則は極めて厳格なものであった。
正座させられ、延々と非を責め立てられた。もちろん激しい怒声で。

 


また、私に何の落ち度が無くても、父親は容赦無くイライラを叩き付けてきた。
それは「長男のくせに」とか「甲斐性無し」とか「男のくせに」という言い方だったため、父親自身のイライラを形を変えて子供に叩き付けている事に当時は気付くはずもなかった。結果、私は自分を駄目人間だと自己蔑視するようになった。

家にいる時はどこから矢が飛んで来るかわからない、さながら戦場の恐怖のただ中にいた気がする。
それは下2人の弟も同じ気持ちだった。仕事を終えた父親が帰ってくる車の音を聞くと陰鬱な気分になる。それと同時に身構える体勢が出来ていたのである。

家庭は安らぎどころか緊張を強いられる場であった。

このように育った私は18歳で家を出た。
そのときは「これで干渉もされないし、怒鳴りつけられることもない」と思ったのだが、家を出た後に、生きづらさが私の人生に纏わり付いてくるとは思いもよらない事であった。