静かな絶望と苦しみの果てに

機能不全家庭に育つ。子供の頃は怯え、大人になった今は虚無感・空虚感・ 世間とのズレに苦しむ、そんな日々を綴る。

屈辱

父も母も教育熱心で躾にも熱心だったが、その事が私を追い込んでいた。小学3年生の時からストレスで爪を噛むようになったが、その癖はなかなか治らなかった。

確か小学4年生の時、漢字が書けない事で父に激怒された。
何かのきっかけで郵便局の「郵」の字が書けない事が発覚したのだ。
茶の間には家族全員がいたが、弟2人の前で屈辱的な公開処刑となった。

ただ漢字が書けないだけで弟2人の前で辱められ、罵倒されるのである。
これには耐え難いものがあった。しかしその直後、事態は更に酷い展開をむかえるのである。

次男が難なく「郵」の字を書いてのけたのだ。
次男は漢字が得意だった事もあるが、長男の私が愚兄だった事が白日の下に晒されたのである。

父は事あるごとに漢字にこだわった。漢字が苦手な私はその度に恐怖し、屈辱を味わうようになった。

ちなみに「郵」の字を小学何年生で習うのかを調べてみたところ、現在は小6で習うようである。

小学校で習う漢字 チェックツール - オレンジ工房

小学校で習う漢字のデータは、「新学習指導要領・生きる力(平成23年4月~)」の学年別漢字配当表を参照しました。

ただ、私の小学生時代はこの「新学習指導要領」よりももっと前なので、小4で「郵」の字を習っていたのかもしれない。
また、私が小4のとき次男は小2だが、小2で「郵」の字を書けたかどうかも怪しい。

なので、私が小6の時にこの事件があったのかも知れない。
いずれにせよ、「郵」の字が書けなくて激怒された事と、次男があっさり「郵」の字を書いてのけた事だけは今でもはっきり覚えている事実である。

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漢字や躾を厳しくしたのは将来、大勢の前で恥をかかないようにという父の配慮である事は分かる。しかし弟2人の前で恥をかかされ、完膚無きまでに打ちのめされ、心に深く傷が付いた事を父はどう考えているのであろうか。

また、大人になってから漢字が書けなかったり、少しばかり礼儀がなっていなくても案外周りの人は許してくれるものである。この事は大きな驚きであったが、世の中はそんなものであると今は思っている。

つまり私が育った環境が異常過ぎたのだ。
父は決して私を赦さなかった。「甲斐性無し」の長男に苛つき失望したのだろう。そしてそんな私が疎ましかったのだろう。

そして私は何度「こんな家に生まれたくなかった」と思った事か。
何度「いつか絶対にこいつを殺してやろう」と思った事か。

度重なる屈辱を味わう事により、幼くして私の心は屈折してしまった。